2017.11.22 取材
岐阜駅には山本佐太郎商店の代表、山本慎一郎さんが自ら迎えに来てくださった。早速、我々は山本さんのワンボックスカーでかりんとうの製造工場へと向かった。
「岐阜に来たのは、初めてです」と、私が言ったせいなのかはわからないが、山本さんはとても丁寧に町の歴史について話をしてくれた。「信長」という名を彼の口から何度も聞くに当たり、改めて信長を抜きにこの町を語ることはできないのだろうという気がした。車の窓越しに何となく外の風景を見ていると、街路樹や建物の脇にも信長と書かれた旗が立てられている。メディアコスモスという図書館の入っている大きな建物では信長にちなんだ展覧会も開催されているようだし、そういえば岐阜駅の大きな階段も「信長ゆめ階段」と名付けられていた。ただ、何だろう、この違和感。どことなく、「誇らしげ」なのだ。
信長はこの地を占領した征服者なのになぜだろうかという素朴な疑問が浮かんで来た。ちなみに私は信州出身だが、かの地を征服に来た甲斐国の武田信玄のことを決して快く思ってはいない。そこで愚問と思いながら信長について山本さんに尋ねると、「楽市楽座の人ですから」とまるで九九の暗算を解くように、すぐに答えが返って来た。いかにも商売人らしい答えに私は納得したが、むしろそれが一般的な岐阜市民の認識なのかもしれない。「天下布武」を唱えた戦国きっての武将は、今や有能な観光大使として大いに働きを見せている。山本さんは、信長のみならず岐阜の町を代表する繁華街・柳ヶ瀬についても詳しく教えてくれた。地元の町をよく知り、愛着を持っている人との出会いは、こちらの心も豊かにしてくれる。
程なく製造工場に着いた。製造の責任者の永田和樹さんにご挨拶をし、白衣に着替え、製造レーン内部に入った。冷蔵庫に寝かしてある生地を取り出し、切り分け、揚げ、味付けされ、袋詰めされるまでの全ての工程を説明していただいた。その中で二つ、心に残った言葉があった。
一つは、それぞれの作業をしている人が次の人の仕事が捗るように気を配っている、ということだ。例えば生地を裁断すると、次に油で揚げる作業になる。生地を裁断する人は、油に手間なく綺麗に流し込めるように切った生地の並べ方や重ね方まで予め考え、切る位置を決めている。
- そうした気遣いは、仲間に無駄な労働をかけず、体への負担を少なくすることにも寄与する。人の手で作るお菓子だからこそ互いに思いやって仕事をしている。当然、機械で作ればそうした人としての気遣いが入る余地はないだろう。
もう一つは、それぞれの人が自分の受け持つ仕事に対して「誇り」を持っていることだ。そこで見て欲しいのが一番上の写真、乾燥剤を入れている作業だ。この写真を見て、ただ乾燥剤を入れているだけじゃないか、とあなたは思ったかもしれない。私も最初、工場に入った時には同じように考えて見ていた。ずっとそのように考えたままなら、私はこの写真を撮らなかっただろう。しかし、何度も見ているうちにこの乾燥剤を入れる作業にこの方の仕事への志が感じられたのだ。こういう発見は取材をしていて嬉しいものだ。
もう一度よく写真を見て欲しい。乾燥剤の入れ方には特徴がある。二つの乾燥剤が縦に綺麗に並べられている。機械でやったらこのような入れ方をしないだろうし、もしかしたらできないだろう。こんなデリケートな乾燥剤の入れ方は。
かりんとうはおよそ500gにして袋詰めされる。乾燥剤を入れた後、封をし、入念に検品され、この工場での作業が全て終わりとなる。しかし実際に私たちが店頭で購入する時は、可愛らしいパッケージに個包装されている。つまり、個包装する工場へ移されたかりんとうの透明な袋は開封され、乾燥剤は取り出される。彼の気遣いや仕事ぶりは購入する客に届くわけでもなく、個包装する次の作業場で消えてしまうのだ。そこで私もあなたも思う。「なぜこんなことをする必要があるのか」と。私は改めて考えてみた。きっと、
彼のこだわりが彼の仕事のやる気を支えているのではないかと。
毎日、同じ仕事を繰り返す中で、日によっては当然辛く思うこともあるだろうし、きつく感じることもあるだろう。その中で自分が担っている仕事にどう向き合い続けたら良いのか。乾燥剤を縦に二つ綺麗に並べることに、自分がこの仕事をする理由を見つけたのではないか。
取材協力・文章確認:山本佐太郎商店
オンラインストア:https://www.m-karintou.com/
この工場は「いぶき福祉会」という福祉施設の方々によって担われている。次回は「いぶき福祉会」と山本佐太郎商店のそもそもの関わりについて触れてみたい。(つづく...)