2017.11.22 取材
最初に食べたのは、「3じのビスケット」だった。まず軽やかな歯ごたえが印象的だった。ビスケットのサイズも手頃で子供の口に合う可愛い大きさだ。なんども噛み締めているうちに、素材の深い味わいが口いっぱいに広がってきた。小麦ふすまも使われているからだろうか、小麦のコクや香りが心地よく鼻を抜けていく。それでいてまとわりつくような味が口に残らないのは、米油を使っているからではないか。油っぽくなく、重たくない。噛み締めた瞬間に美味しいと感じるよりは、味わいがじわじわと込み上げてくるビスケットだ。子供だけでなく大人が食べても美味しいと感じる。しかし、ただ美味しいというだけでは何か言い足りない。でもうまく言葉にできない。
私はお菓子の袋の中に手を伸ばして、立て続けに何枚か食べてみた。そしてようやく何か言えそうな気がした。作り手には美味しいお菓子を作る他に「何か大切な思い」がありそうだ。私たちはお菓子の販売元「山本佐太郎商店」を訪ねてみることにした。
「まっちんのお菓子は『引き算』なんですよ」
と山本佐太郎商店代表の山本慎一郎さんは言った。まっちんは山本さんがパートナーとして組んでいるお菓子職人、町野仁英さんのことだ。「引き算」という言葉を聞いた時に言葉にできなかったモヤモヤとした気持ちが一気に解消された。
「僕はそれまで味というものは足していくものだと思っていたんですよ。でもまっちんのお菓子は、シンプルに研ぎ澄ましていく。これが大きかった」
と山本さんはまっちんとのそもそもの出会いを振り返った。
まっちんは「伊賀流忍者」で知られる三重県伊賀上野出身。会社員時代に「食」に関心を持ち始め、自然食や玄米菜食を学び、地元の農家のもとで一年間アイガモ農法での無農薬の米づくりを学ぶ。できたお米や雑穀を使って地元のイベントに出店してみないかと誘われ、「おはぎ」や「赤飯」「雑穀おにぎり」「草餅」を作って売ったのがの初めの一歩だったという。その後まっちんは、米づくりよりも和菓子づくりの道へと進んでいく。
まっちんの祖父は有名な和菓子職人だったというが、自身はどこかで修行したわけでもなく、独学で既成の和菓子づくりにとらわれない独自のお菓子づくりに励んでいく。大地のおやつに使われる特徴的な原材料の「粗糖」や「小麦全粒粉」は、まっちんのアイデアによるものだという。
まっちんは「和菓子工房まっちん」を立ち上げると、「粗糖や雑穀を使ったオリジナリティあふれる、しかもものすごく美味しい和菓子を作っている!」と評判になり、ある雑誌に取り上げられると瞬く間に全国に知られる存在となった。人も羨むサクセスストーリーだ。しかし、まっちんは工房を畳んでしまう…。商品の予約が三か月先までいっぱい。お菓子の製造から発送までたった一人でこなしていたまっちんは、寝る間も惜しんで働き続け、体調を崩してしまった。
山本さんは当時のまっちんの心境を察しながら、更に彼との出会いに至る物語を語ってくれた。やがてまっちんは岐阜の柳ヶ瀬商店街で「ツバメヤ」を開店しようとしていたオーナーに腕を見込まれ、見ず知らずの街、岐阜で暮らすようになった。
「ツバメヤに油を配達していたんですよ。そこでまっちんと知り合うことになった」
と山本さんは言った。
私は二人の出会いが山から流れ出した二つの細い川が、まるで程よい平地で合流したような、とても自然なことのように感じていた。奇跡的な出会いというよりは、お互い流れるところで流れていたら出会ったというような。しかし私の心の底に眠っていた少し意地悪な性格がくすぐられたのも事実だった。そこで私は問いかけた。
「仕事としてパートナーを組むにあたっては、何か自分の中に確信のようなものはなかったのですか。まっちんとの出会いに対し」
山本さんは、まずはまっちんの誠実な仕事ぶりに一緒に組んでみたいと思ったと言った。そして、「まっちんのお菓子は引き算なんですよ」という言葉が出てきたのだ。(つづく…)
取材協力・文章確認:山本佐太郎商店
オンラインストア:https://www.m-karintou.com/