◆玉造黒門越瓜◆
「たまつくりくろもんしろうり」と訓むのだそうです。字面から早合点して「黒瓜」かと思ってしまいましたが、「越瓜」は中国南部の「越」から伝わった「しろうり」で愛称は「くろもん」。折しも新型コロナウイルスの緊急事態宣言発出の最中、HTNでも投稿されている大阪在住のYukariさんが、玉造稲荷神社で頒布されている種子を送って下さいました。
◆地場産業の〝酒造り〟×玉造黒門越瓜◆
「しろうり」は、関西ではお馴染みの野菜で、奈良漬けの原料にもなるようですが、この玉造黒門越瓜も、玉造の地に栄えた「造り酒屋」の酒粕に漬け込んで食すのが一般的だったようです。
◆なにわ名物〝くろもん〟◆
玉造村は、大阪城の南に位置する近郊農村で、地元の有力町人・高津屋吉右衛門が奨励し、広まったといわれ、この玉造には、天正10年(1582)・豊臣秀吉に瓜を献上したことにはじまる白瓜市場があり、明治半ばまで続いたこの市場は黒門市場とも呼ばれ、特に江戸時代に流行したお蔭参りの旅客で大変賑わったそうです。
◆コロナ自粛が問いかけるー置き去りにしてきた「生命(いのち)」の象徴◆
なにわ大阪の地野菜で、玉造稲荷神社のある玉造村一帯で愛されていた「くろもん」ですが、明治に入り砲兵工廠で働く工員達の住宅、娯楽地となりはじめ、城東線・市電の開通等で一気に近代化が進み、町は大きく様変わりしたといいます。この近代化の波に押され、玉造黒門越(白)瓜をはじめ白瓜市場、田畑、酒造業者は玉造から次々とその姿を消していったというのです。新型コロナウイルスの自粛生活の中で、期せずして「暮しを振り返る」時間を与えられていると感じます。
子育てや親の介護、それから丁寧な暮らし…。日々の「仕事」に軸足を取られて「金にならない、時間をとられる」生命の問題と真正面から向き合えていなかったのではないか…。近代化、都市化の中で姿を消した「くろもん」は、その象徴のように思え、育ててみたいと思ったのです。
◆なにわの「くろもん」、武蔵(むさし)の地へようこそ◆
一時廃れてしまったものを、地元の方々の熱意で復活させた「くろもん」。伸びてつながる瓜の蔓になぞらえて「つるつなぎプロジェクト」で、町の皆さんが種子を育ててご縁を育んでいると聞き及び、遠く武蔵の地からではありますが、「くろもん」を育ててみたいと思ったのです。
◆畑に立つことを誇りに思えなかった自分に◆
そもそも百姓出身の私ですが、コロナ前までは「畑に立つこと」に、なぜか罪悪感を感じていました。「お金にならない=仕事ではない」という観念に縛られていたのだと思います。これを機に、「畑」こそ学びの仕事場と思い直して取り組みます!
Yukari
大阪市中央区
2020/05/17
Miekoさん、「くろもんちゃん(玉造黒門しろうり)」のご紹介ありがとうございます!大阪・上町台地が故郷のなにわの伝統野菜「玉造黒門越瓜(しろうり)」、2020年コロナの春だからこそ改めてつながった“ツルつなぎ”のご縁といいましょうか、武蔵の地であたたかく迎えてくださり、ありがとうございます。遠来の小さな命の種に向き合われるにあたって、礼を尽くして、その小さな種が歩んできた長い長い道のりを遡ってご紹介くださり、何よりもうれしく思っております。このたび、玉造黒門越瓜“ツルつなぎ”プロジェクトでは、こんなときだからこそ、距離や世代を越えて、同じ空の下でしろうりを育て合っていることを実感しながら、くらしのなかにある想いや知恵を共有できる場として、SNSを活用した「みんなの瓜畑」(インスタグラム)をささやかにオープンしました。インスタグラムにアカウント登録(ニックネームで可)だけして、「みんなの瓜畑」「min_uri2020 」で検索していただいたら、いろいろな場所で成長していく玉造黒門越瓜(しろうり)=くろもんちゃんの様子やあるある情報、おすすめのお料理の数々や、オマケ便りやウンチク語りなど、素敵な写真とともに、守り人・Uri爺ほかの会話でお楽しみいただけます。先週末に谷戸の下「一枚の畑」のくろもんちゃんお目覚めの姿もご紹介しています。ぜひお散歩代わりに「みんなの瓜畑」にお立ちよりください。くろもんちゃんの成長のお便りとともに、お待ちしています!