ささらのウェブサイトのリニューアルに伴い、これまで紹介してきた記事をいくつかHTN(HomeTownNote)に移設しようと思っています。地域の記録として紐づけられた方が良いと思う記事があるからです。2016.7.12に載せた記事です。下諏訪温泉郷を訪れました。
私が最初に手に取った恋札です。
二人して向かひ
苦しく思へりし
清き心に
かえるすべなく
心がキューっと締め付けられるような歌ですね。恋札は表札ほどの大きさと厚みを持った木の板で作られており、全部で七枚あります。札の表には、温泉の前で跪く「かね」という名の女性とその傍に立つお地蔵さんの絵が描かれています。この絵は土地の伝説を下敷きにしています。裏は、すべてアララギ派の歌人、島木赤彦の歌です。
恋札は、湯の中に一旦沈め、表と裏のどちらが浮かぶかによって占います。表が浮かぶ数が多いほど、占った人の恋は成就する可能性が高いというわけです。逆に赤彦の裏がすべて浮かぶと、その恋は絶望的です。諦めるしかなさそうです。ところで、なぜ赤彦の歌が浮かび上がると望みはないのでしょう。それは、赤彦の恋は成就しなかったからです。赤彦には、「道ならぬ恋」に踏み込んだ時期がありました。
私が恋札に出会ったのは知人の紹介で下諏訪の旅館に泊まった時のことです。今は、ほとんど泊まり客を取ることがなくなったその旅館は、諏訪大社下社のお膝元にひっそりとあります。ひとり露天風呂につかっていると、恋札の説明書きが目に留まったのです。早速、私も恋札を手に取って沈めてみました。結果はどうだったのか、それは私だけの秘密です。
旅館の女将によれば、恋札をいっぺんに七枚沈めて浮かべる人と、ゆっくり一枚ずつ表か裏かと確かめながら占う人とがいたそうです。私は意外と、ため息をつきながら一枚一枚浮かべる派です。
「かね」が登場する伝説は次のようなものです。日頃より信心深い「かね」は畑仕事に出かけると、必ずお地蔵さんに自分のお弁当を分けて、お供えしていました。ある日「かね」は主人からひどい折檻を受け、顔に大変な傷を負います。「かね」はお地蔵さんにすがり、下諏訪の湯で傷を洗います。しばらくして湯に写る自分の顔を見ると不思議なことに傷がなくなっています。お地蔵さんが「かね」の身代わりになってくださったのだ、というお話です。
土地の伝説と諏訪出身の赤彦の歌を上手に用い、名泉で恋札を浮かべる。昔の人の風情と粋を心から感じますね。いまの私たちには、なぜこういう土地の文化を愛する粋な発想が浮かばないのでしょうか。
さて、あらためて赤彦の歌、どのように受けとめました?「昔、子供に歌の意味を聞かれて本当に困りました」と女将が言っていました。島木赤彦は、妻子を持ちながら閑古(中原静子)という好きな女性がいました。赤彦と閑古は思いを寄せ合っていたといいますが、結局、二人は別れました。七枚の恋札には、閑古との恋に苦悩した赤彦の思いが歌われているといいます。
「清き心に、かえるすべなく」という言葉は、いろんな意味に取れますね。いったい二人に何があったのだろうと、私は温泉に入りながら要らぬ想像をしてしまいました。それにしても、子供に歌の意味を問われたら、そりゃ答えられないですよ。どう考えても。