私記

諏訪の海苔商人の物語を書きはじめました

物語・伝説

海苔 御湯花講

私の所属する「日本児童文学者協会 北海道支部」という集まりの同人誌に、以下のような物語を投稿しました。

『諏訪式。』を再読して海苔商人の在り方に惹かれ、拙いながらも物語仕立てにしてみたくなりました。
もっと参考文献を読み込み、最終的には中長編の物語にして、コンテストに応募する予定です。

 

参考文献『山国からやってきた海苔商人』の「終章 寒菊の花のように」の文章が特に素晴らしかったので、ご興味ある方はぜひ!

 

   *  *  *

   竹筒の中の温泉

 

信州・諏訪の地に、元気いっぱいのコタという名前の男の子がいました。コタの家は農業をして暮らしていて、冬になるとお父さんが冬のあいだじゅう、東京の方に仕事に出かけてゆきます。

 コタが十五歳になる、とある秋の日。農作業のときに、お父さんが足にケガをしてしまいました。お医者さんにみてもらいましたが、すぐにはなおりません。

 「いかんな。冬が近づいてくるというのに、具合がちっともよくならん」

 いろりを囲んでいるときに、お父さんがそうつぶやきました。

 毎年、冬になると、海苔が採れる産地に行って、おいしい海苔を買い入れて、それを売ってあるいているのです。

 この地域には、冬のあいだ、そうやって稼ぐ男の人も少なくありません。コタのお父さんは、そういった旅商人の一人なのです。

しかし、足のケガが治らず、今までのような仕事ができそうにありません。

「これは代わりに、コタに行ってもらわにゃならんな」

とお父さんがつぶやき、コタの方を向いてつづけました。

「コタももう十五になるだろ。いつもおれと一緒に行く虎吉に案内してもらえば大丈夫だろう。それに毎年、おれが持ってゆく海苔を楽しみにしているお得意さんもいるしな」

 いろりの火がパチパチとはじけます。

 コタは話をだまって聞いていました。すると

「いいな、お兄ちゃん、海が見られるんだね」

と弟のヨタが言いました。

 そう、コタはまだ生まれて一度も海をみたことがないのです。

 お父さんが東京での仕事から帰ってくるたびに、海の話をしてくれました。東京の大森というところがお父さんの行く場所の名前です。海のそばにあって、海苔が採れるところから近いのです。それを聞いたコタは「海のすぐ近くなのに大きい森だなんて、不思議な名前だね」と言ったことがあります。

 そんな大森から見える海の様子をお父さんは子どもたちに聞かせてくれました。冬になっても水面が凍らないこと、風が吹いていなくても波が立つこと、潮のにおいがすることなどなど、湖とはちがうことがたくさんありました。その話を聞いてコタも、いつか海を見てみたいと思っていたのでした。

 

「どうだ、コタ。虎吉おじさんと一緒に、大森に行ってくれるか」

とお父さんが聞きました。

 手の中の湯のみをしばらく見つめて、お茶を飲んでから答えました。

「うん、行く」

今年の冬は、これまでとぜんぜんちがう冬になりそうです。

 

 それから数日たって、コタの姿は神社にありました。

「これから冬のあいだ、無事に仕事ができるように、お諏訪さまにお参りするんだ。海苔が採れるのは十一月中旬から三月下旬まで。その時期に合わせて、みんなお参りをすませてから大森へ向けて出発していくんだよ」

と虎吉おじさんは教えてくれました。

 お参りの帰り道、温泉がわいている場所に立ち寄り、虎吉おじさんは竹筒を取り出しました。

「さ、この竹筒にな、この土地の温泉をくんで行くんだ」

「と中で飲むの?」

「いや、そうじゃない。大森に持っていって使うのさ」

「そうなんだ。このお湯がおいしいから、みんな飲むのかな?」

「ふふ。持っていく理由は、まだ秘密だよ」

 

 お参りがすんだら、いよいよ出発です。コタは荷物をまとめて家族にみおくられて出かけます。

 列車に乗りこみ、コタは昨晩のお父さんの話を思い出しながら、窓の外の景色をながめていました。

「さぁ、コタ。これがいつも海苔を買ってくれるお得意さんの名前と場所がのった帳簿だ。地図の見方も、最初は虎吉おじさんに教えてもらいなさい。あと大事なのが、うちの屋号だ。売り歩く旅商人はみんなそれぞれの屋号を持っている。うちはおれの父親の代から『鳴池屋』だ。だから、お得意さんのところに行ったら、まず『まいど、鳴池屋でございます』とあいさつするんだ」

 コタは窓の外を山をみつめながら、なるいけやと何度か口に出しました。

 ガタンガタンと列車は走り、窓の外の山々も、次々にすぎさってゆきます。はじめて見る海はどんななのか、そしてその海で採れる海苔はどんな味がするのか、コタはワクワクしていました。

 

「おおもり~おおもり~」

 汽車は大森に着きました。

「いつもお世話になっている商店に顔を出す前に、海に行くか」

と虎吉おじさんが言うと、駅の人の多さにおどろきながら、コタはうなづきました。

 

「さあ、これが海だ」

 虎吉おじさんのあとについて、海岸にでました。

 コタはくりくりとした目をさらに大きく開けました。目におさまりきらないくらいの、大きな海がひろがっています。風はないのに、ザザン、ザザザンと波がうちよせます。

「なるいけや~~」

とコタは思わず海に向かってさけびました。

 それに返事をするかのように海鳥が鳴きました。

 虎吉おじさんも静かに笑っています。

 コタはそのまましばらくずっと海をながめていました。

「おーい、コタ。こっちおいで」

と海岸を歩いていた虎吉おじさんから呼ばれました。虎吉おじさんの近くには、海岸で何やら作業をしている人が五、六人います。そのうちの一人と虎吉おじさんは親しげに話しています。

 コタは波打ち際を歩いていき、その人にあいさつをしました。

「さ、コタ、竹筒を出してくれるかい」

と虎吉おじさんが言いました。

「海苔を採っているこの場所に、竹筒の温泉を注ぐんだよ」

 コタは海に見とれていて竹筒のことをすっかり忘れていましたが、荷物からすっと取り出しました。

「おれが祝詞をとなえるから、終わったら温泉を海に注いでくれ」

 いつのまにか近くで作業をしていた数人も集まってきて、みんな手を合わせはじめました。コタも竹筒を首からさげ、海に向かって手を合わせます。

 虎吉おじさんが大きな声で祝詞をあげ、それが終わるとコタの方を見ました。

 コタは竹筒の栓をぬいて、海にかたむけました。チョロチョロと注がれてゆきます。そのあいだも、みなじっと手を合わせていました。

 

 商店の方に向かって海岸を歩きながら、虎吉おじさんが話しはじめます。

「海苔の種はな、神様が温泉の湯の花を、海にそそいだ時にできた、という言い伝えがあるんだよ。人間がどれだけ働いたところで、海苔があまり採れない年もある。だから言い伝えどおり、この諏訪の温泉を海に注いで、豊作を祈るんだよ」

 さっきまで吹いていなかった海風が吹きはじめました。

人間のちからだけでなしとげられることは、実はそう多くないのかもしれません。

 

*参考文献

・小倉美惠子『諏訪式。』(亜紀書房 2020年)

・島利栄子『山国からやってきた海苔商人』(郷土出版社 1991年)

・宮下章『御湯花講由来』(御湯花講 1978年)

(アイキャッチ画像は無料画像サイトより)

2025/02/01 (最終更新:2025/02/05)

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