この日は雨!「今日こそは」と意気込んで畑作業をするつもりでいたのに、朝からずーーっと雨。まだまだ私は土との歩幅が合っていないらしい。暑さや天気によってなかなか作業ができない、、、。
とはいえこの場所に来ることは、私にとっては貴重な時間である。土に触れられなくとも、種になら触れられる。にんにくの種をほぐすところから今日はスタート。
種と言っても、にんにく一片が種になる。これがまたあのにんにくになるのだから不思議だ。
数十種類の種が丁寧に保管された鞄をみて、これは宝箱だと思ったこと。
雨がやまないのを悲しむ我々を見かねて、育苗トレーにかつお菜と赤からし菜の種を撒かせていただいたこと。「いい土」をつくれるようになりたいなぁ。
前に定植させた、土手カボチャがちょうど食べ頃だったので、焼いていただいたこと。もちろん!絶品!おっと、遠慮のかたまりみたいにお皿に残っているカボチャも、遠慮せずにいただく。う~~ん、美味しい!
そしてこの「土手かぼちゃ」の種をみんなでいただいた。「ケイセブン」という品種のかぼちゃ。それぞれが来春に同じ種を違う場所で植える。ちなみに今日の家の日めくりカレンダーのことわざは「所変われば品変わる」どんなかぼちゃになるのか(はたまたうまく身をつけられないのか)楽しみだ。
今日は、畑の野菜と、採れたバジルをペーストにしてパスタにしていただいた。
自分の不手際もいいところだったけど、みんなで作ったご飯はそんなこと関係なしに会話も弾む。食べ物を自分の手で作れるって“まじ無敵”と再確認。
帰り道の頭の中を書き出しておくことで今後の布石とする。
「この場所で、人がお互いを覚える間もなくここに入り出ていくこの土地で、今畑を耕し続ける意味とは何なのだろうか。」(ちなみに「一枚の畑」は不耕起なので耕さないが)
「一枚の畑」のすぐ近所。「生産緑地地区」であったはずのその場所には、「生産緑地地区」の印と一緒に、住宅の建築看板が立っている。はたまたあちらはすでにブルドーザーが土地を開墾している。半年前まで畑だったその土地が、半年間で住宅地になろうとしている。「ケンペイ率」とか「ヨウセキ率」とか難しい基準めいいっぱいに、人が住む箱ができる。耕作放棄地になる暇もなく、その土地は誰かのものになった。「都会の畑は地方の畑とは違う宿命を持っている。」と聞いて、「一枚の畑」がここにあり、手を加えられていることを尊く感じる。「一枚の畑」がここにあるべくして存在するワケを、きっと私が土と会話できるようになったその日には、なんとなく分かることがあるのだと思う。
土地とは何なのだろうか?そんな大きな問いさえも、忍び寄るように私に近づいてくる。
しとしとと雨はまだ降り続く。。。
次回はみっちり作業できますように!
松田理沙
由井 英
川崎市宮前区
2024/10/21
理沙さん
いつも、投稿をありがとう。
一枚の畑では、自然農の枠組みで作物を作っていますが、実りを収穫することは、ターニングポイントであり、決してゴールではないことに気持ちを置いてくれると嬉しいです。
それでは、折り返した先にどのような仕事が残されているのか。
地上部の茎や葉などの成長具合だけに注目するだけでなく、地下の根や微生物など「目に見えない世界」を想像することによって、その先が見えてくるのだと思います。
結果的に、一枚の畑のある「この町の目に見えない世界」にも、みんなで見つめていくことになればいいですね。期待しています。