みなさんは仕事やプライベートで各地に出かけ、打ち合わせや待ち合わせまでにちょっと時間がある時に、どのように過ごしますか。特によく知らない町を訪れた時には困ることもありますよね。私は当てもなく散歩することが多いのですが、この頃は何かそれでは物足りない、と感じるようになりました。せっかく知らない土地に来たのだから(もう二度と来ないかもしれない)記念になるようなものを手にして帰りたい、と思うようになったのです。
作家の村上春樹さんが旅先でレコード店を巡ることは知られていますが、私にもそのような目的があれば、町をぶらぶら散歩する楽しみも増えるなあと、長野駅から善光寺へまっすぐ伸びている参道を歩きながら考えていました。そこでたまたま目に留まったのがJBLの3ウェイのスピーカーです。でもその時は、窓ガラス越しに「JBLのスピーカーがあるなあ」と思っただけで通り過ぎました。そしてそのまま善光寺に向かって歩き続けました。待ち合わせ時間からすると善光寺までは辿り着けそうもないので、北野文芸坐のあたりにから引き返そうと思った矢先、あのスピーカーがもう一度頭を過りました。なんか気になるぞ、と思ったのです。「ふむ、ふむ。スピーカーの置き方が面白い」と思い返したのです。
左のスピーカーを横に寝かし、その上に右のスピーカーを縦に置いていました。下の作図をご覧ください。おそらく音響効果を狙った配置というよりは、スペース的にそのようにせざるを得ないといった理由ではないかと思いますが、その形に妙に心を惹かれてしまったのです。帰り道に確認してみると、そのお店はコーヒーショップでした。そしてその時に、閃いたのです。「ああ、自分はブレンドコーヒーが好きなのだから、その町を訪れた記念に豆を買って帰ったらどうだろうか」と。よくよく思い出してみれば、これまで自分が旅してきた町には意外と個性的なコーヒーショップやカフェ、自家焙煎店があることにも気づく。
店に入ると、壁には豆のパッケージと同じイラストが大きく描かれていました。そしてあのJBLの3ウェイのスピーカーからは、ノラ・ジョーンズの「ドント・ノー・ホワイ」が流れていました。お店の人に(店長かな?)、私が豆を買いたいというと、ストレートの豆が5、6種類、深煎りのブレンド豆が1種類あると勧められました。これだと思い、深煎りブレンドを頼みました。
「200g、お願いします」と私が注文すると
「150gか300gになります」とのこと。
100g単位で販売しているのかと思っていたのですが、150g単位で売るところもあるんですね。そこで結局300gを注文しました。タブレットを使ったレジの調子が悪いらしく、しばしカウンターでお財布を持ちながら待っていましたが、時間がかかるとのことなので、近くの椅子に着席。豆を注文した人にサービスで出しているというアイスコーヒーを一口、頂く。焙煎がしっかり効いた苦味のあるアイスコーヒー。私の好みからすると、もう少しコクが欲しい。
「このお店は新しいですね」と私が聞くと、タブレットを操作しながら、
「参道にお店を出してから5年ほど経ちます」という。
お取り込み中、申し訳ないと思いつつも、私は話しかけ続けました。
「ブレンドの豆は何を使っているのですか」
「エチオピアとブラジルです。2対1で混ぜています」
豆の配合まで教えてくれるんだあと内心で驚きつつ(お店の秘密かと思っていたので)、「2対1なんですね」と私は店主の言葉を繰り返した。店主は長い髪を後ろで縛り、口髭を生やしている。コロナ禍に入り、私も髭を生やすようになったのだが、店主の髭は彼に馴染んでおり、年季がかかっている。
「支払い、できそうですか」
「もう少し、時間がかかります」
「実は、私は深煎りのブレンドコーヒーが好きなんです。豆を購入して自分で配合し好みのブレンドコーヒーを作っています」
そのとき店長はタブレットから目を離し、アイスコーヒーを飲んでいる私に顔を向けたが、それはほんの一瞬のことで再びタブレットと向き合い、格闘し始めた。
「エチオピアの深煎りは初めてです。どのようなブレンドコーヒーなのか楽しみです」と私は言った。ちょうどそのとき、タブレットの決済アプリが店長の気持ちを察し、機嫌を取り戻したようだった。店長は長くて深い呼吸をひとつついた。思わずコーヒーを一杯勧めたくなるような安堵感に満たされていた。そしてそれまでに見せたことのない笑顔を浮かべて言った。
「エチオピアの豆は、フルーティーな香りが特徴です。浅く焙煎するとその特徴がよくわかりますが、深煎りのブレンドでも感じられると思いますよ」とのこと。
「なるほど」と私。
「ところでこちらへはお仕事の関係ですか」それが初めて彼から私に向けられた質問だった。
「ええ。待ち合わせまで少し時間があるので立ち寄ってみたのです」
私はクレジットカードを財布から取り出し、会計を済ませると店長は「またいらしゃってください」と彼は言った。本当はカウンターの奥にあるJBLのスピーカーについて、特にその置き方について聞いてみたかったのだけれど、それほど時間はないので私は「また来ます」とだけ言って店を出た。一軒のコーヒーショップに立ち寄ることで、決して何か特別なことが起きたわけではないが、こういう時間の過ごし方も悪くないなと素直に思った。お昼は信濃毎日新聞の記者さんたちと蕎麦を食べることになっていた。お陰様で美味しく頂けた。
※フェレットコーヒーの深煎りブレンド(豆):フルーティーな香りと苦味が特徴です。私は気分によって、豆を中挽きにしたりを、浅くしたりして苦味を調節しながら楽しんでいます。
もりした かずこ
ヨーロッパ イギリス、ハートフォードシャー
2023/07/08
イギリスで学生生活をしている時に、コーヒー店で少しだけアルバイトしたことがあります。ドリップコーヒーを入れた後の挽いた豆は、袋に入れたものを「ご自由にお持ちください」と置いておくと、ガーデニングで使うお客さんが持ち帰っていました。堆肥と混ぜて使うのだそうです。コーヒーはアフリカや東南アジア、南米産など色々あって奥深いですね。私は全く詳しくないのですが・・
飯島さんが豆乳ラテを飲まれるとのことで、今度是非オートミルクのラテをお試しいただきたいです。とてもやさしい味です。