はじめまして。
『オオカミの護符』で一躍話題になり、いまも鑑賞者・読者の方の御参拝がたえない、東京都青梅市御岳山に坐す「武蔵御嶽神社」。
その由緒ある神社に日々おつとめをさせていただく神職かつ、講の方々へ御札をお配りして回る御師(おし)・服部朋也と申します。
小倉さま・由井さまよりご縁をいただき、はたして私で務まるのかしらと思いながらも当山で行われる諸々を記させていただきます。
実は御岳山で生まれ育ってはいないのですが、ヨソ者ならではの視線も織り交ぜつつ御岳山の面白さをお伝えできたら、と思います。
『 夏越の大祓 』
6月30日、一斉に執り行われる「大祓」の儀。半年に一度、溜まった"罪穢の清算"とでも言いましょうか。特に6月の大祓については、
「水無月の夏越の祓する人は千歳の命のぶといふなり」という歌も伝わるような、古事に由来し無病息災と健康長寿を祈る儀式です。
まずは前もって、儀式に使用する道具を奉製します。
手練の御師10名余が集まり一日で仕上げます。まず山内に自生する茅(かや)を刈り集めます。
大量に刈り集めてきた茅を用いて作るものはふたつ。
ひとつめは通称「こも」。柔らかく綺麗なものを厳選して、綯った麻紐ですだれ状に編みます。
もうひとつは「茅の輪」。円形の芯材に茅を抱き込ませ、捩った茅で結わいて留めていきます。
芯材を除けば100%茅製となる茅の輪。輪の外径は約180cm、30kg以上になるのでしょうか。
製作担当の御師の好みにもよりますが、とにかく大量の茅を使用して太く大きな輪を作ります。
多くの神社では掲げられた円ひとつをくぐりますが、当社では円をふたつ垂直に組んでいます。
真横から見れば「⊥」のかたち、地面に敷く輪がある。理由は「昔からそうだから」とのこと。
ちなみに、数年前から愛犬用のちいさな茅の輪も作るようになりました。こちらも輪はふたつ。
そのほか、茅以外の素材で製作する道具もあります。
桃の枝。細めの枝を10本余すだれ状に編んだ敷きもの。同じく、太めの枝の皮を剥いだ叩き棒。
枝を細く割き、ミニチュア薪のような姿にした木片。8本ひと束にまとめたものを8束用意する。
桃は、神話で伊弉諾尊が黄泉国の追手に投げつけることで逃げ果せる決め手となった果物です。
一説によると、桃 と 逃 は「トウ」の音が同じだから、とも。とにかく、神聖な樹木なのです。
通称「ジジババ」という草。新芽を8束。実は春蘭でもなく、ヒメヤブランの新芽なのだとか…
本来は大祓詞にある「天津菅麻(あまつすがそ)」が指すと思われるスゲの新芽だったのでは?
それがいつの間に、葉が似ている春蘭へ、さらにヒメヤブランへと変わったのでは?とのこと。
当社に伝わる大祓においては、ヒメヤブランが「ジジババ」であり「天津菅麻」を指すのです。
麻紐。右方向に縒った「右綯」と左方向に縒った「左綯」の麻紐を8本づつ。縒り分けるのは、
「解縄(ときなわ)」という、左右縒りの縄を解くお祓いの儀式に由来するのかもしれません。
竹。斎場に立てる忌竹としてほどよいものを2本。お祓いに用いる大幣(おおぬさ)用に1本。
また、篠竹を数十本。20cm程に断ち、加工・成形して紙垂をはさみ小幣(こぬさ)にします。
これらの自然の恵みを山よりいただいて奉製します。
そして迎える30日17時より「夏越の大祓」斎行です。
30余名の御師たちほか、山上の各家の者が集います。夕刻のためほぼ身内のみの儀式でしたが、最近では参列者のお姿もちらほら。
御師ならびに参列者全員に篠竹の小幣を配布し、皆で大祓詞を3巻奏上します。1巻終わる度に左・右・左と振るって自らをお祓い。
大祓詞奏上の間、行事と呼ばれる所役の者が、事前に神社に集められた諸人らの人形(ひとがた)・桃の木片・ジジババ・麻紐を、
桃の枝の敷物にのせて棒で叩き、祓い浄めながら茅のこもに乗せていきます。最後に御師と参列者らの使用した篠竹の小幣を乗せ、
こもを俵状に包んで縛り、大幣を帆のように立てて舟にします。これを翌日、神社を南西方面に下った先の「七代の滝」より流し、
大祓詞にあるように、舟に乗せた諸人らの罪穢が、滝から川へ、ひいては大海原へと流れ流れて祓い浄められることを祈念します。
舟が仕上がりすべての支度がととのうと、斎主・祭員諸役をはじめ、御師たち、参列者の順に茅の輪を8の字にくぐっていきます。
御師たちは色とりどりの装束・狩衣をまとい、かつて「まるで平安絵巻のよう」と表現してくださった方もいらっしゃるのですが、
梅雨時、雨や霧がまくことも多いため、皆比較的くたびれた装束を持ってきていることが多いので申し訳ない気持ちもありつつ…
これにて、「夏越の大祓」の儀式が終了となります。
とても長くなってしまいましたが、最後に。
この「夏越の大祓」の儀式の後にのみ、参列者に頒布される「大祓切札」という特殊な御札があります。その下部には万葉仮名で、
「神様の御力をもってすれば、異国から来るような病の類も人に寄ることがない」というような意味合いの言葉が記されています。
この御札も謎が多いのですが、昨今の新型コロナウイルス感染症の流行にあたり、その存在意義が見直された御札でもあるのです。
オオカミの護符こと「大口真神切札」と同様、玄関や間口に掲げ、悪いものが入らぬよう寄らぬようにとお護りいただいています。
今年はスピード梅雨明け、からの炎天下、からの再入梅、というような目まぐるしい天候変化が続いており身体がついていかない、
また、世界とくくるにはあまりにも近い隣国のことをはじめ、頭さえもついていけないようなことが数多く起きて本当に大変です。
どうぞ皆さまお身体にお気を付けくださいませ。この大祓を機に、諸々のことが少しでも良き方へ進みますよう祈念しております。
※当社の大祓のかたちが定まる年代が不明なため「時代」欄は平成を選んであります。大祓の儀事体は平安期まで遡れるそうです。
小倉 美惠子
川崎市宮前区
2022/07/20
服部朋也さん
御岳のお山から武蔵國の村々に、毎年下り来たる御師さん。
その御師さんは、神職でありながら山で暮らすお百姓でもあると教えて下さったのは、
宿坊「山中荘」の御師・服部喜助さん。そう、朋也さんのお祖父様です。
茅の輪くぐりも、山から茅を刈って御師さんが自ら作られているのですね!
「茅の輪」に目を奪われがちですが、道具の桃ノ木、ジジババ、こも、叩き棒の
由来も面白いですね。
お山の御師さんにとっては「当たり前」のことも、こうして発信していただけると、御岳山
への愛着がぐっと深まります。
ぜひ、これからもレポートよろしくお願いします!