ものがたりをめぐる物語 前編「地下の国へ」

なかなか言葉がまとまらず、感想遅くなりました。
美しい映像や音にハッとさせられるとともに、感受性・想像力のスイッチを切って生きることを選択している自分の毎日を感じました。
日常、こうして時間を割いて自然の音に耳を傾けることもなく、目を閉じて生きている。

私自身は、山が切り拓かれ、潰された田畑の上にできた新興の町で生まれました。
近・現代文明以前の暮らしや風土は既に覆い隠されており、夏休みに訪れる観光地では、信仰の場もレジャーの対象になっている。
生活に根付いた風習も自然への畏敬も、身近にはなく、後発的に書物や映像の中で学ぶものでした。
地縁も伝統もない町に育ったからこそ、長く続く祭りや風習に憧れを覚える。
けれど、神社をパワースポットと呼んでInstagramにUPされる写真たちと、私が感じる憧憬との間に、軽薄さにおいてどれだけ差があるだろうか。
被災地を訪れて心動かしても、東京に戻れば日常に紛れてしまう、削られた山の姿に唖然としても、その前の山の姿を想起することもできない。
消費のスピードの中に身を置いて、忘れ考えないことで、向き合うことを避けているようにも思います。
私は、戻りたい昔があるのではなく、行ったことのない昔を恋い慕いながら、ただ今を生きているのだと思います。

この映画では、2つの世界の分断の狭間で感じる痛みに真摯に向き合われる姿勢に、自分が改めて問われていると感じました。

亜里さん

感想をお寄せくださりありがとうございます。

この映画は撮影開始当初の予想をはるかに超えておよそ10年の歳月をかけて完成することになりました。その多くの時間は撮影後の編集に費やされました。

今思うと、私も「三郎」のように地下を彷徨っていたように思います。いつか地上に這い上がることを願いながら…きっとどこかに光が差し込んでくる出口があると信じて。

しかし何度も季節がめぐり、いくつも年を重ねて、幾多の編集を繰り返す中で、私の心に浮かんできたのは、今、この時代を生きる人にとってこの映画がまるで「色褪せた写真」のように昔の出来事を振り返るだけの作品になってしまわないかという不安でした。

亜里さんの感想を読ませていただき、改めてこの映画にも今だからこそ観えてくる世界があるのだと感じられ、ほっとしました。

後編も観ていただけると嬉しいです。

今年の桜は、満開なのに花冷え以上で、桜吹雪の空を何度も見上げました。
ウクライナのまちの名前が、どちらを向いても日々繰り返し語られ、
おそらくは人生と同じくらい愛着をもっている”まち”を、生活を、日常を壊され失い逃れていく人々の映像をみながら、やりきれない無力感に打ちのめされ、
そんななか『ものがたりをめぐる物語』を観ました。
なんといったらいいのか、
これほど美しい反戦映画を初めて観ました。

山に近づいていく。雲が動き、刻一刻霧に包まれる。
人肌のある“ものがたり”の語りの声に導かれて、
大地の底のあたたかい在処へと誘われていく、と、
風が止まったと思った瞬間、
こちらの身体を突き動かしている空気に触ったような気がして、はっとしました。
目に見えるものは、目に見えないものに触れている、
風土とは、風と土と書くのだった、と。

日本にいながらにして、あれほどの無数の富士山があったことを、はじめて知りました。
よく振り返ることもしないで、 “いま　此処”まできてしまっているということも。

人が寄り添い、笛の音を捧げ、耳を澄ませていた姿をしていた時から、はるかに遠くまできてしまい、文明とはなんだっただろう、すでにわたしたちは、どこかで大きく間違えてきてしまい、これからどこへ向かおうとしているのか、と。

朝がきて、目覚めれば、日々のニュースに胸が塞がる今日ですが、
今、此処というときだからこそ、この映画を観ることができて佳かったと思います。
目の前の景色ばかりを追ってみていたレンズがにわかにずれて落ち、
もう後戻りはできないと知ります。
いまは人の声を聴き、語ることをして、この先の明かりを探している＿＿＿、
目をつむると、映画の中の清涼な風が思い出されます。

後編を観せていただく日を、楽しみにしています。

追記
諏訪のことも、東北陸前高田のことも、今住むまちのことも、もっと知りたいと思いました。
有難うございました。

速渡さん

感想をお寄せくださり有難うございます。

青木正博や藤森栄一たちのシーンでは、まさに「自然保護運動とは違う何か」を伝えたいという思いがありました。それは速渡さんが言うように容易に言語化できない世界ですがそれを映画から感じ取ってくださったことはとても嬉しく思っております。

私たちは稀に、それそのものに必ずしも関心があるわけではないが、なぜか気になり気持ちを寄せてしまう物事に直面することがあります。

青木たちの動きは、霧ヶ峰で展開されます。映画にあるように藤森栄一のアルバムに残された写真には「旧御射山を守る運動」という言葉が書き込まれています。彼ら自身、自分たちの動きを「運動」としか表現しようがなかったのだろうと思いますが、今なら他の言葉を使ったのではないかという気もしています。

彼らが言語化できなかった物事は今を生きる私たちに託されているように思います。

コメント失礼します。
前編、見させていただきました。

先人たちにとって山は、“土の集まり”以上の大きな存在だったのだなぁと感じました。

「土器にあしらわれた蛇」「水(川)と蛇」「蛇になった三郎」は、“蛇”という接点で何らかの繋がりがあるのかもしれないと思い巡らせています。

蛇になった三郎のことも、恐れずに呼んだ姫のことが、ものがたりの一つの希望になりました。

ふと思い当たったことですが、
土器にはヘビやカエルが、再生のシンボルとして装飾されているとも考えられているそうで、
「両生類」という呼び方にも面白みを感じています。
(ヘビは爬虫類だそうですが……)

地下でも地上でも、“二つの世界”どちらでも生きられる・行ったり来たりできる生命という感じでしょうか。


5年ほど前に、新田次郎の『霧の子孫たち』を読んだとき、
描かれている内容が他のいわゆる自然保護運動とは何か毛色が違うなぁと感じていました。
(ずっとそれを言語化できずにいました)

今回この映画を見て、自然保護というよりは、“ゆずれない風土がある”という視座があったのだと気付かされました。

『霧の子孫たち』は“風土のなかで命を歓び合う”というようなテーマもあるような気がしていて、今でも好きな一冊です。

形のない“ものがたり”を映像として表現なさるのは難事業でしょうが、後編公開も心待ちにしております。